アゼルバイジャンで犯罪歴が残った話 (1)

 旧ソビエト連邦のアゼルバイジャンという国で逮捕及び拘束され、犯罪歴が残った話の1話目です。続編は下記リンクより進んでください。
アゼルバイジャンで犯罪歴が残った話 (2)
アゼルバイジャンで犯罪歴が残った話 (3)

アゼルバイジャンの地図

 アゼルバイジャンはイランの北、アルメニアの東、ジョージアの南東、ロシアの南、そしてカスピ海の西に位置する旧ソビエト連邦の共和制国家である。僕は夜行バスでジョージアからアゼルバイジャンに1泊4日の強行日程で観光に来ていた。これはその3日目の話である。

 チェック・アウト時刻の11時を待たずに荷物をまとめてホステルを出ると、カスピ海に面した海岸公園へと向かった。雨こそ降っていないが空には重い灰色の雲が所狭しと並び、カスピ海方面から強い風が吹き付け、気温の割りには肌寒く感じる日であった。僕はベンチに座り、黒く波打つカスピ海を見ながら少し早めの昼食を摂る。スーパーのビニール袋からパンを取り出しジャムを塗って口に運び、デザートには洋梨を2個食べた。

 海岸公園から西側にある丘を見上げると白い空の下にフレイム・タワーズが見えた。フレイム・タワーズは丘の上に建つ炎をイメージして建てられた高さ190mを誇る独創的な三棟のビルである。このビルはバクーのどこからでも見ることができるランドマークであり、その付近にバクーの街並みが一望できる展望スポット、キーロフ公園がある。ここが本日の最初の目的地だ。

 海岸公園から坂を上り、階段を上って到着したキーロフ公園は丘を削って造られた大規模な広場になっていた。少し体が汗ばんだのを感じ、歩きながら1番上に羽織っていたマウンテン・パーカーを脱ぎバッグに詰め込むと、水の入ったペットボトルを引っ張り出して喉を潤し、広場の中心へと歩を進めた。足下には白い石盤が綺麗に敷き詰められている。整備も掃除も行き届いており、綻びている場所など存在しない。すぐ隣にはフレイム・タワーズが空へと向かってそびえ立っている。近すぎる上に角度も好ましくなく、上手く写真に収まらない。仕方なく3本のタワーの全てが綺麗に見える場所を求めて、だだっ広い広場から更に丘の頂上へ向かって歩いた。様々なモニュメントやモスク、アルメニアとの戦争で亡くなった人々の墓などが、ひな壇の様に段を成して上へ上へと続いている。それらに目をやりつつ、1番上からの景色を求めて上へ上へと登った。

 暫く登ると、塵ひとつ落ちていないと思われた石盤の地面がアファルトへと変わり、そしてすぐに土木工事中の様な穴だらけの地面に変わった。まだ作りかけなのであろう、そう思いつつ、更に上へと登って行く。これが最後の1段か、そう思った壁には階段はなかったが、たった2m程度の壁は登るに易く、さらっとよじ登ると壁の上に腰を下ろした。相変わらず太陽が顔を出すことはないが、火照った体にカスピ海からの風が心地良い。しかし、ここからの展望はイマイチであった。丘の頂上に向かって勾配がゆるやかになっているためであろうか。とりあえず、数枚の写真を撮る。下へ戻ろうと壁を飛び降りようとした時に、後ろから声がした。

「○&”▼+△☆$#▲※;◎★〜●¥!!」

「○&”▼+△☆$#▲※;◎★〜●¥!!」

 声の方に目をやると警備員らしき制服を着た2人がこちら側に走ってきた。大きなアクションで手招きをしている。降りて来い、ということか。時々ある「危ないから降りろ」という警告。素直に指示に従い警備員側に壁を降りる。陽気に挨拶をしてみるが、警察官達の顔は険しい。

警備員「#;▼○$&¥、パスポート!」

 パスポートか。バッグの中からパスポートを出して渡す。

警備員「ヤポーニャ?(日本か?)」

僕「ダー。ダー。(そうです。)」

(*以下、全ての言語を雰囲気で日本語訳しています。)

警備員「ロシア語は話せるか?」

僕「話せません。」

 警備員にため息をつかれる。警備員は2人で何か話をすると、無線を取り出し誰かと連絡を取り始めた。その無線の応答を聞くと、僕に「付いて来い」というジェスチャーをして彼らが走ってきた方向に歩き出した。僕のパスポートは取り上げられたままである。着いて行くしかない。公園の最上段もそれまでと同様に広場になっていた。その奥にはアスファルトの道が続き、その両側に白い建物がいくつか立ち並んでいた。どことなく物々しい雰囲気である。その白い建物のひとつからもう1人の警備員が出てきた。僕を連れた2人の警備員の上司であろう、彼らは立ち止まって敬礼をした。彼らは僕のパスポートを上司に渡し、何かを報告した。何を言っているのかは全く分からない。しかし、何か良くないことが起こる雰囲気だけは感じる。この周囲を警備員に囲まれる感じはベネズエラのシモン・ボリーバル国際空港で警官に連行された時の雰囲気そのものだ。

上司「ロシア語は喋れるか?」

僕「話せません。」

 上司は僕の持っていたカメラを取り上げると、様々なボタンを押し始めた。どうやら撮影した写真を確認したいらしい。

僕「写真のチェック?」

 と、問いかけてカメラの操作を教える。アゼルバイジャンで撮影した写真を一通り見終えると、今度は僕を連れた警備員と上司の計3人に前後を囲まれ、建物の中へ連れて行かれた。通された部屋は6畳程の部屋に立派な机と椅子、そしてソファーが置かれた部屋であった。壁にはアゼルバイジャンの国旗が掲げられている、その隣りには握手をする2人の男の絵。本棚にはハードカバーの本が隙間なく押し込まれている。奥の扉が開くと、50〜60代くらいの男が登場した。警備員と同じ服装をしているが重々しい雰囲気がある。始めに僕を拘束した2人の警備員達が何か説明を始める。少しのやり取りを交わした後、驚愕の一言が僕を襲った。

上司「GO POLICE!!」

 何故かと尋ねるが全く伝わらない。反論の余地も与えられない。戻る時にも同様に3人の警備員達に厳重に包囲されると、白い建物を出て駐車場へと連行される。僕のために開かれた黒い車の後部座席のドア。背中を押されて半ば強引に押し込められ、警備員2人がそれぞれ運転席と僕の隣りに一人ずつ座った。上司は見送りの様である。車は厳重な鉄の扉が開くのを待って発車すると、僕が十数分掛けて登ってきた坂を下り始めた。顔が引きつり、独り言が口を付いて出る。「マジかよ。まだ全然写真撮ってないんだけど。」それに反応した隣りの席の警備員に、なんでもない、と首を振った。

 状況を飲み込めていなかったこの時の僕は、まだ事の重大さに気付いていなかった。

 - 続く -